SONY α77 いまさら来る

CANON 6Dを買うまでの繋ぎということでα100を引っ張り出してきて半年近く、特に不満もなく使ってきました。あ、レンズは結局DT16-50mm/F2.8を買っちゃいましたが。まぁ、広角24mm使いたいので、このレンズ買うしかないわけで。いや、このレンズなかったら、早々にAマウントとはお別れだったかもしれません。使いたい画角のレンズがないのではどうしようもないですから。逆に言うと、それ以外のこだわりはなくなってしまったという…これが老いなのだろうか…オイオイ=^_^;=
ま、冗談はおいておいて…
タイトルにありますように、α77をポチッとな、なのであります。
きっかけは、たまにはデジカメwatchでもと覗いていて、α77IIの記事が目について読んでいるうちに迷宮にさまよいこんだという。正直、デジカメの最新機種とかあまり興味なくて、半分ウラシマ状態だったのですが、このα77(記事のはその後継機ですが)って一眼レフ?ミラーあるようだけど、EVFって、どういうこと?みたいな
トランスルーセントととかなんとか、確かハーフミラだよねと、調べてみたら基本ミラーレスと同じだけど、ハーフミラーでAFのために分光してるってことか、と。
つぅことは、Aマウントでミラーレスみたく使えるってこと?いいじゃん、それ。
となったわけです。
というのも、α100を復活させた時点で単焦点3本とF2.8通しの広角寄り標準ズームを揃えたので、この資産でそのままミラーレス的環境を体験できるなら、それにこしたことはない。
おいおい、フルサイズデジイチはどうしたという声が遠くから聞こえてきそうだけど、フルサイズにこだわるのは、とにかくファインダー、なにはともあれファインダー、なのですね、私の場合。そこへ倍率0.72倍視野率100%の一眼レフと遜色のない(という評判の)EVFファインダー機がAマウントで使えるなら、全然OKなのです。(いや、既に2年前からOKだったわけですが、デジカメ最新機種に興味がなくなった私が知らなかっただけという…)もちろん、銀塩カメラとのレンズ共有ということもあるので、CANONあたりのフルサイズ機は欲しいけど、まぁ、それはいつでもいいやって気分。
というような脳内会議を経て、例のごとく、最新のα77 IIではなくて、型落ち値崩れ品のα77をポチったのです。(ご丁寧に5年保証まで付けて=^_^;=)

_DSC0105まぁ、一応評判とかネットで調べてみたわけですが、なんか最初は評判よくなかったようですな。(だからこんなに安いんでしょうが…=^_^;=)
連写がウリなのに、すぐバッファがいっぱいになる、とか>ほとんど連写しないので、私カンケナーイ
高感度ノイズボロボロとか>ISO800ぐらいまでしか使わないので、私カンケナーイ
そんなフィルム写真デファクトな私が使ってみたα77のお話でも、しばらくしてみることにしましょう。

映画と写真

おそらく5年ぶりぐらいに映画館で映画を観た。かつて私は「初会映画館主義」を宣言し、年に200本以上の映画を映画館で観ていた。それが、本格的に写真を撮るようになってただの1本も観なくなっていた。我ながら極端だと思う。まぁ、それだけ写真に傾倒していたということだろう。
そんなノーシネマライフが終わりを告げることとなったのは、観たい映画があったからであるが、もちろんこれはきっかけにすぎず、「写真の嵐」の時代が去って写真以外のものに再び気持ちを割く余裕ができたのかもしれない。
観たかった映画はポーランド映画の「イーダ」。モノクロの新作映画だ。第二次大戦のユダヤ人迫害に関連した戦後ポーランドのひとこまを描いたもの。なぜ観たかったかというと、我が魂のシネマフィルムに属する、アンジェイ・ワイダ作品に通じるものがあると思ったからにほかならない。しかも、私の好むロードムービー的要素も含んでいるというではないか。
上映が始まってからすぐに、映画の見方が変わっているのに気がついた。画面構成にすぐに意識がいくのだ。ただ、これはこの映画自体が独特の画面構成を取っているからなのかもしれないが、被写体(いや、被写体じゃなくて俳優だ!)とその上方への余白(いやいや、これは映画だ=^_^;=)の取り方が特徴的だった。特に冒頭は修道院でのシーンということもあり、この空間の取り方が効果をあげているのは明らかである。
また、写真と違い、動画であるということにも意識が向いた。基本的に固定カメラでの撮影中心の映画だったこともあるが、車などの動体の動きと止め方(どの位置で止めるか)とか、いきなり画面外から入り込んでくる動きによる効果とか。
写真をやる前の私であったら、あまり、というかほとんど気に留めない動きにも気にかけて観ているのである。
逆に、写真ならどう捉えるだろうかと自問するようなシーンもあった。
ラストシーン、それまでの固定カメラによるしっかりしたカメラワークから一転、手持ち撮影による動感あふれるカメラワークで、歩き続けるヒロインを正面から捉えつづける。数多の映画史的記憶が詰め込まれたようなラストシーン。これを写真で表現するならどうなる?いや、写真でも表現してみたい。そんなことまで思ってしまうのだった。
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黒焼き

カラーフィルターの授業の次は、「ハイキー的、ローキー的」の授業。今回、露出を両端に振って撮影してみて、ハイキーとかローキーとかほとんど撮って来なかったことに改めて気づく。言葉の知識としては知っていても、進んでやることはなかったんだなと。
今回は、デジ撮りの他に、銀塩モノクロでローキー的にトライしてみた。暗室で数枚焼いてみて、「もっと極端にいかないと全然ローキーじゃない」と気づく。
ということで、現像液に入れてからの印画紙をじーーーーと見つめて、調子の判別がつかなくなる直前まで黒焼きすることにしてみた。
セーフライトの下なので、もともと見えにくいわけだけど、最初からじーと見ていると、ふわっと画像が出てきて、だんだん黒くなっていって沈み込んでいく様に、思わずワクワクしてしまう。画像があったところが黒くなっていくのだけれど、わずかに何かが残っているのがわかるギリギリのところに露光量をもっていく。RCなので、現像時間での調整はできないけど、とてもスリリングで楽しい時間。
焼き終わるころには、すっかり黒焼きにハマってしまったのでした。

ちなみに、透過光で見せるPCやネット上でもっとも再現が困難なのがこの黒焼きだったりしますね。

 

B&W写真倶楽部南船場写真展「おわりとはじまり」

モノクロ写真愛好家の集まりらしいのだが、まさか自分がメンバーになっていた(されていた?=^_^;=)とは思わなかった。
たまたま合った知り合いの方から、「前と後ろ、どっちに出品されます?」と聞かれて、一瞬なんのことかわからなかったけど、どうも自分が出品者になっているようだと気づいて、「いやぁ、どっちだったかなぁ」と口を濁しつつ、そんな写真展あったっけとちと混乱。家に帰ってメールをチェックして見たら、いつのまにか出展が決まっていたという次第。
ここ2カ月ほどはデジイチでカラーばかり撮っていたので、あわてて5点ほど焼いて出した。=^_^;=
なんかテーマも勝手に決まっていて、うちの組は「おわり」とか。テーマあるのかよ、とちと困惑。まぁ、日没前後の写真を集めてなんとか形にしましたが…
写真はそのうちの一枚。LINE PLAYに既出済みだから、ブログに出してもいいでしょう。
近くに来られた際はぜひお立ち寄りください。
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B&W写真倶楽部南船場写真展4th「おわりとはじまり」
A組2014.7.1(Tue)~7.6(Sun)

Photo Gallery 壱燈舎

SONY α100ふたたび

4月から写真教室の撮影コース復帰。DSC06966
ほんとうに久しぶりのデジタル一眼、そしてカラー。
いや、まじでちゃんと撮れるか少し不安だった。

カメラは、当初は、銀塩EOSとのコンビでEOS 6Dを奮発する予定だったのだけれど、消費税増税前に買い忘れ、いつまでたっても高止まりしたままなのに購買意欲も失せ、結局、手近に転がっていたα100を持って行った。
このカメラは、写真を撮り始めてしばらくして購入したもので、だから前身のコニカミノルタ時代のカメラのことは何も知らなかった。ていうか、コニカミノルタとかいう会社が一眼レフを作っていたことに驚いていたぐらいで…

このカメラはデジタル一眼で写真を撮らなくなるまで、結構使っていた。なんか相性がよかったのかもしれない、ただ1点を除いて。
そう、なんとも品のないシャッター音を除いて。
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