

お散歩カメラとしても、いや、
お散歩カメラには贅沢すぎるくらいよく写る。
安心して、パッシャパッシャ摘んで歩けるのです。
月別アーカイブ: 2012年8月
写真の本質(カメピより再掲)
「写真甲子園への道」に書かれていた以下の文章を読んでから、
写真の本質ということについて考え続けている。
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これまでの写真は、金属の銀の化合物(銀塩)が
光にあたると黒くなっていく性質を利用してつ
くられてきました。そういった銀塩を使わずに、
光の量と波長を電子化して記録するデジタルカ
メラが登場しました。最近ではデジタルカメラ
を持つ人たちも増え、コンピュータの普及でデ
ジタル写真も目にするようになりました。
デジタル写真はコンピュータによって色を変え
たり、変形したり、修正や合成したりすること
が比較的カンタンにできます。このような技術
はデジタル写真の特徴と思われていますが、写
真の歴史をふりかえると、実は銀塩写真でも古
くから行われてきたことです。そして、そのよ
うな行為は「写真の本質」ではないことに気づき、
写真家たちはそういった技術をデザイナーたち
にゆずり、捨て去ってきました。
「写真の本質」は、撮影者が「なにを見たのか」、
そして「そこに写された内容」にあるといえ
ます。ですから、銀塩写真もデジタル写真も、
求められる「写真の本質」は同じです。写真
甲子園にもデジタル写真での応募はあります
が、あくまでも「写真の本質」を基準に審査
しています。
「写真甲子園への道」より
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写真の本質について常に意識しておくことは、
とても重要だと思う。
なぜなら、私はすぐに本質的でないことに
捕らわれてしまって大切なことを忘れてしまうから。
が、なぜそういうことになるかというと、本質的で
ないこと、末梢的な物事にも、人を捉えるだけの
力があるからだろう。
神は細部に宿るではないけど、
本質的とか末梢的とかだけでは割り切れないのが
ニンゲンという生き物なのだろうと思う。
ただ言えるのは、少なくとも私は、ほっておいても
末梢的なことに拘り、ハマり込んでしまうのだから、
本質を見失わない意志だけは、
明確にしておかなければならないのだと。
GXR始動~Kyoto Walk with GXR #2(カメピより再掲)
GXR始動~Kyoto Walk with GXR #1(カメピより再掲)

仕事で京都へ行く機会があり、夕方前に仕事終了。
確信犯的に持ってきていたGXRとAE-1Pで、
京都の街を撮り歩いた。
GXRは、今回が本格的な撮影。
300枚ほど撮影した。
(ちなみに、AE-1Pは36枚撮りを5本撮完 =^_^=v)
まだまだ、試行錯誤の段階ながら、
かなり気に入りました、GXR。
S10ユニットの24mmと合わせ、特にスナップ機能は最高です。
コンデジとは言えないくらいでかいですが、
これはこれでGXRスタイルのスナップが撮れそうです。
といいながら、1度、GXRの「ファインダー」を覗こうとして、
液晶画面にごっつんこして苦笑しましたが…
ま、これは相棒がAE-1Pだったからということで…=^_^;=



